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2008年2月の記事

<番外編>中学受験のコスト

2008年2月19日
<番外編>中学受験にいくらかかるか、を考える

 都内にいると、ごく当たり前の風景として、中学受験の準備=塾通い等々が行われているように見える。もちろん近所の公立中には黙っていても進学できるので、私立や国立校、また小石川などの中高一貫校を目指す「私的な」活動と見なされる。
 中学受験は、本人より(母)親が「主役」という話を聞く。たしかに塾選びから日々の送り迎え、お弁当(夜食)づくり、そして受験校探しと続く。学校の創立者の著書を読んだり、面接ではスーツで向かう。デパートでは紺や黒の特製バッグやスリッパ、ティッシュケースも売っている・・・・・何よりも親の認識と経済力が試されている!
 そこで、都内に住む小学4年生(一般的な塾デビュー学年と思われるので)の場合の塾など、つまり「私的な」教育にいくらかかるか(投資!)、少し調べてみた。
 まず伝統の王道、Y進学教室。毎月の受講料は4教科コースで31,500円。さらに「月会費」が1,050円。しめて毎月32,550円。そして入会金は21,000円。教材費は別だ。有名な「Yシリーズ」の4教科セットだけで7,350円。その他の講習や参考書も・・・・・。
 通信教育はどうだろう。大学受験でも定評がある某通信教育では、3年生から「受験」と「標準」の2コースに分かれる。4年生の「受験」コースの場合、月謝は8,700円。一括払いでお得になるが、細かいところで気になるのは答案の郵送料。一回140円かかるとして月8,840円。入会金は2,000円。通塾制に比べると、かなりリーズナブル。もちろん、きちんと自分で学習できるかが肝心(親が質問に答える心づもりも)。
 変わり種ではあるが、理数系アレルギー対策として(!)、理科の実験教室はどうだろう。ある理系大の教授陣が関わるNPO運営のE理科教室の場合、月1回の実験は6,500円。そして年1回の野外活動は52,000円。その他、入会金は26,000円。4教科は一通り通信教育で勉強し、こうした理科教室に参加するのも現実的であろう。
 しかし、これでは終わらないのが通常だ。と言うのは、受験で教科の他に「体育」などを課す学校もある。面接で「特技はバイオリンです」などと答える才覚も肝要だ。それに目先のことに限らず、子どもの全人的な発達のために、いわゆるガリ勉でなく、「それ以外」の素養こそ必要と思うのは親心であろう。勉強以外も見てみよう。
 やはりピアノ、ということで全国に無数のフランチャイズ教室を持つY音楽教室を見よう。小学生の基礎コースで、月3、4回程度、1回60分のレッスンで月謝は7,350円-。教材費は半年で2,835円なので月500円弱。入会金は5-8千円(教室による)。
 また変わり種で、あの北島選手も在籍するTスイミング教室で水泳をマスターしたいとする。月4回コースは9,135円。入会金は8,400円だ。
 もし、Y進学教室とピアノ教室に通ったとすると、毎月確実に4万円は出て行く。その他に教材費や入会金、講習、模試、それに送り迎えやお付き合いのコスト(仕事を早めに切り上げる、飲食店で待機など)を含むと・・・・・平気で100万単位のお金が出て行きそうだ。その代わり、質の良い「勉強」(社会勉強を含めて)のための週4日(進学教室3日+音楽教室1日)は約束される。親の経済力と気力があってこそ・・・・・。そして、無事合格!を祝う瞬間に、新たな学費の納付が待ち受ける。
 何だかずいぶん長くなったが・・・・・とにかく受験にはお金がかかることが、単純な計算でもよくわかる。恐ろしいのは、それがスパイラルのように続くことと、「私的」な教育活動と見なされ、親のエゴのように(本人にも)とらえられてしまうことである。

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週5時間の創造的な活動を!

2008年2月13日 THE TIMES
'Pupils get weekly dose of culture' (by Francis Elliott)1面、'Cruel Britannia -Government do not make culture: artists and enterpreneurs do'14面を読む

 イギリス政府は2月13日に「児童・生徒は週当たり5時間、文化的な活動(cultural activity)を行う」という政策を示す。文化的な活動とは、博物館やオペラへの訪問、楽器の演奏、また「視覚芸術作品の作成(making a piece of visual art)」などが含まれるという。文化・メディア・スポーツ省(DCMS)やアーツ・カウンシルなどが主体で、新しい Youth Culture Trust などによるパイロット事業が始められる。予算は1,000ポンドであるとか。週で5時間というのはたしかに画期的である。
 社説(Comments)には「無慈悲な大英帝国(Cruel Britannia)」という恐ろしいタイトルがつけられている(今回はイングランドのみらしいが)。外国人への配慮と政府の緊迫した予算(にもかかわらず創造的企業でなく事務作業を増やし、アーティストへの支援が後回し)、そして「有能」な政府高官(young tyro!)は自らのキャリアのために危険な大事業を立ち上げがちなことが皮肉っぽく語られている。そして、演劇や歌はわくわくするが、週5時間も博物館で「ぶらつく」のは退屈だし、「視覚芸術作品」が絵画やコラージュを指すなら、シンプルにそう言ってしまえばよいのに、とまで・・・・・とにかく今回の政策に対してはかなり(条件反射的に?)否定的だ。
 たしかに、実際の教育現場で5時間を捻出することは至難の業であろう。しかし、博物館の教育活動はすでにDCMSと、傘下の特殊法人、博物館・図書館・文書館協会(MLA)が本腰を入れている。多くの博物館では教育専門のスタッフも増え、相当な予算もつき、この10年間で量・質ともに劇的に成長していると思う。博物館を訪れる活動は、直接的な体験・体感をもって「創造的」と考えるコラムストのような論者にも十分「楽しんで」もらえると考える。
 いずれにしても、同じ日の「イングランドとウェールズのすべての14歳の子どもに学習者番号(the unique leaner number, ULN)をつけ、高等教育や就職の際に参照できるようにする」という新しいデータベース(managing information actoss partners, MIAP)の政策発表の方がインパクト大(タイムズ誌のスクープ?)。国籍、医療・保健分野のデータベース化という記録保持プロジェクトの一環として子どもの「学習」情報も入ったことになる。日本の国民皆保険制度の顛末は知られているのだろうか・・・・・。

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面倒見の良い短大に向けて

2008年1月28日(月) 朝日新聞朝刊29頁
「全入時代 短大踏ん張る 面倒見の良さで成功例も」(上原佳久、山本晴美)を読む

 「6割が定員割れ」という見出しの淡々としたミニ解説、泣けます。2007年度、短大は全国に435校あり、学生数は18万7千だが、6年間で124校、10万3千人が減った結果とか。そして日本私立学校振興・共済事業団の調査では、365校の私立短大のうち6割が定員割れ。過去最悪だそうです。142法人の5割も実質的な赤字とか。
 厳しい経営状況の「成功例」として2つの方向の異なる事例が紹介されている。まず、山梨県内の市立短大である。公立短大で学生数約460名だが、2006年度の編入合格者がのべ72名。「4年制大へのジャンプ台」と評されている。東京から来る予備校講師による「小論文講座」など、毎週の「編入学ガイダンス」が重要なようだ。
 第二に、石川県内の私立短大。幼児教育学科は「教育と学生が常にふれあう『手づくりの教育』」が特色という。2005年に共学化し、現在850名のうち70名が男子。大学教員は原則的に朝8時45分から夕方4時15分まで勤務時間。40人程度のクラスの担任は、学生の「就職から恋の悩みまで、何でも」相談にのるなど、「高校の先生に近い」状態だ。
 たしかに2つの短大は方向こそ異なるが、根は同じのように思う。もちろんどちらも「生き残り」をかけた戦略だということ。またいずれの方向も、学生や保護者に支持されていること。そして「完成教育」としての教育目的を失ってしまっていることだ。その結果、学生はスケジュールをこなすのに精一杯、という点もおそらく共通している。
 前者の公立短大は、国公立大へのレールという意味で戦前の「予科」のようだ。または東大医学部を志望し、「理Ⅲ」でなく「理Ⅱ」からの進学を狙う・・・・・といった感じだろうか。いずれにしてもその2年間は、あらたな2年のための「受験勉強」の期間となる。
 後者の私立短大は、女子短大によく見られる体質ではないだろうか。短大教員は、まさに「手取り足取り」学生の面倒を見る。その過程で、学生にマナーや自学習慣も習得させることも目標の一つ。資格や免許も得て、学生は充実感・達成感があるだろうが・・・・・。
 経営サイドのことばが気になる。教員には「研究より教育に注力してもらって」いるというものだ。研究か教育か、というフレーズは近年よく目にするが、「研究」なき「教育」はあり得ない。「教育」ということばが、授業や「担任制度」などの直接的な学生指導の言い換えであればまだしも、教育環境を整えるための「学務」、さらに言えば、「学務」を成り立たせるための諸作業であるとしたら・・・・・。「教育重視」という反論できない語法で、「教育」をおとしめてはならないと強く思うこの頃である。

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ドラマで役立つ(!)教育実習

2008年2月4日(月) 東京新聞朝刊13頁
「放送&芸能 役に立った教育実習体験 TBS『エジソンの母』伊藤美咲」を読む

 伊藤美咲が教育実習を体験していたとは。大学教員の友人にこの話をしたら「え、福島で?」と聞かれ、別の意味でびっくり。出身までよく知られているのですね。
 さておき、短大で保育士と幼稚園教諭、社会福祉主事などの免許・資格を取得したとか。教育実習では年長クラスを担当したそうだ。「エジソンの母」というドラマで小学1年の担任・規子役を演じ、「実習体験からも小さい子の接し方は分かるので、役を演じる上でも心強いです」とコメントしていた。
 免許や資格とは関係ない世界で大活躍している素敵な俳優が、たくさんの子どもと向き合う現場の「クラスづくり」のたいへんさ・面白さを語っている。ドラマでは「自分が母親になった時」という視点から子どもと向き合っている、とコメントしているものの、教職課程での学習は十分に成果があったのではないかと思う。今回の役も、免許・資格があることをプロデューサーが知った上で起用されたそうだ。
 「エジソンの母」は、問題行動を起こす「天才児」をめぐるドラマとか。一度見てみたいと思った。ゆとり教育や、保護者とのやりとりも題材になっているらしい。

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私立中高の受験戦争

2007年12月11-15日 朝日新聞朝刊
「どこで学ぶ 首都圏・中高の今 入試の妙(1)-(5)」(担当:大井田ひろみ、及川綾子、楠田裕司、川崎紀夫、天野みすず、古源盛一)を読む

 2月3日は日曜日。中学受験では「プチ・サンデーショック」と呼ばれているとか。日曜は特にキリスト教系の学校が試験日をずらすため、併願がややこしくなる。2月1日の場合は、御三家などいわば本命校が多いので「サンデーショック」(来年!)。なので今年は「プチ」だとか。いずれにしても3日は大雪でたいへんだったと思う。
 全5回のシリーズでは、私立中高が受験生集めに奔走している様子が描かれていた。受験料が「3回連続」でお得(1回2万円→3回3万円)になり、成績に応じて2-5点の加算の得点がつく中学、事前の相談会に親子で参加すると「当日の試験が合格ラインを多少下回っても考慮」される「保護者推薦」制度をもつ高校などが紹介され、たしかにアイデアの妙とともに、「生き残り」のための逼迫感が伝わってくる。
 中でも目をひいたのが、高知市の私立中。早稲田大学などを会場に、東京、大阪、岡山、松山で入試を行ったという。受験者は合わせて4千4百人で合格者は3千7百人(1.2倍弱)。そして入学者は19人・・・・・。総合得点や順位も教え、結果は携帯電話の専用サイトで確認もできる。受験生にいたれりつくせりである。それにしても受験料が入ったとしても、20名弱の入学者で「もと」はとれるのだろうか・・・・・。「お試し受験」(模試代わり)という受験側の態度はいかがかと思うが、教頭先生の「私学はある意味で究極のサービス業です」というコメントは壮快で深い。

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なぜ村が塾を始めるのか

2008年2月1日(金)朝日新聞(朝刊3頁) 「地域格差に挑む(9) 川内村(上) 村が塾を始めた」(編集委員・坪井ゆづる)を読む

 福島県のある村が有料の塾を始めた、という小さなコラムだが、シリーズ名の通り、まさに教育の「地域格差」をめぐる議論の縮図のようである。
 2007年4月にスタートした「かわうち興学塾」。業者委託で、学校とは別の建物だが、小5から中3まで、何と7割にあたる80人が参加しているとか。小学生は月あたり千円、中3生は2千円だけ。原発関連の補助金を年間予算の6割(540万円)に充当させる裏技がない限り、おやつ代のような月謝では到底賄えない。
 なぜ村営塾が必要か、直接の理由は「民間の塾がないから」。たった一つずつの小学校と中学校で、級友はずっと同じ・・・・・という状況で競争心が芽生えず、高校・大学受験で苦戦、という現実が根本的な理由。「機会均等」を保障するために、また保護者の切実な思いをふまえ、村は動いたのである。
 現在、全国で公立小の4割、中学の6割が塾に通う。学習塾の激戦区に位置する杉並区・和田中の夜間塾は、「公」のお金が「私的な教育」に注がれる問題がむき出しになった。街から遠い川内村は「塾がない」という理由で十分である。しかし本来は「学校教育」として充実した施策があればよいはず。現状では、学校教育/学校外教育を充実させたり、私立学校に通うことは「私的」領域として「受益者」負担となってしまう・・・・・。
 また、「頭をかきかき下を向く男の子」を尻目に、かけ算を「さらさらと解く女の子」の存在が気になる。数年後、彼女たちが「公平に」進学しているとよいのですが。

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