父親参加の夏休み読書感想文

新学期が始まり、子ども(小学生)が読書感想文の文例を持ち帰ってきた。・・・・・素晴らしい作文だった。

一つは、松谷みよ子『ミサコの被爆ピアノ』(講談社)、もう一つは竹田津実『子ぎつねヘレンがのこしたもの』(偕成社文庫)を読んでの感想文であった。両者とも冒頭に主人公や著者の印象的な一文を引用して状況を簡潔に説明し、そのまま「自分」の体験に重ねていく。みずみずしい感性を表現しながら小学四年生(我が子の学年?)とは思えない老獪な?文章表現で、あるべき読書感想文というものを(今さらながら)教えられた気がした。

より印象的なのは、父親の関与である。「被爆ピアノ」の本を選んだのは「父から、『夏休みは、広島を中心に旅行しよう。』とさそわれたのがきっかけ」で、父が原爆に関連する映画やドラマのDVDを集め、家族で一緒に見たり、祖父母から戦争の体験談を聞いたりしたそうだ。「子ぎつねヘレン」が書かれた家庭にいたっては、夏休みにオホーツク海に行ったそうだ。そして、実際に「ヘレン」がいた場所を見ることで、「淋しくて厳しい自然のある所です。ですがたくさんの命が宿っている所です。・・・・・オホーツクの大きな自然の中にいると、私はその中のただの人間という生き物なんだと思いました。」という感想を引き出している。獣医師の父は、「生きることを最後まであきらめない」という動物のすごさを娘にさりげなく語りかける。

この二つの読書感想文はそれぞれ白百合と玉川の子どもによるものだ。さすが(?!)であるが、教育熱心な家庭には、教育パパが確実に増えている。小山静子(『家庭の生成と女性の国民化』剄草書房、1999年、19頁)は、江戸期の武士家族の父親が子育てに熱心だったこと、そして父親の教育熱が研究対象となってきたことを指摘している。もちろん士族のように「お家」を存続させるために熱心にならざるを得ない時代は過ぎているのだが、そうしたサムライのDNAが生きているのか、それとも熱心にならざるを得ない新しい時代が来ているのか。

この二つの読書感想文があえて選ばれ、子どもたちに(保護者にも読めるよう)配られたのは偶然だったのか、それとも(女性で子育て中の)担任の先生の思いによるものだったのであろうか。

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「家庭教育」フィーバー?!

本田由紀『「家庭教育」の隘路:子育てに強迫される母親たち」勁草書房、2008年 を読む

本田さんは、「ニート」や女性、若者の仕事や生活の問題を、社会学のアプローチで、明晰に、そして一般人(?)の視点で見て、わかりやすく書ける人だと思う。「家庭教育」という絶対的善いことに向けて、政策的かつ心理的・盲目的に追い立てられる今日の母親像を、タイトルの「隘路」という怪しい言葉で、最初から見事に示してみせる。「隘路」という言葉は、「哀」にも、「アイロニー」にも見えてきて、母親の哀しさを超えて、「格差」が広がって教育環境・教育的言説そのものの行き詰まりを連想させる。

圧巻は母親インタビューである。おそらく、「母親」でもある本田さんだからこそ、世間話のように引き出せた「お母さんたち」のことばは、本当にリアルだ。そして、話し方や言葉、話題の端々から、本田氏の指摘する「連続的なグラデーションの形」をとった格差が歴然と見えてくる。母親の学歴により、そしてそれは経済的資源はもとより文化的資源につながり、それぞれの家庭教育のベクトルを規定している。

その他、内閣府の「青少年の社会的自立に関する意識調査」を用いた分析が行われている。これは、15〜29歳の子どもと、それぞれの父母に対する調査が同時に行われており、興味深い。「のびのび」と「きっちり」の子育てのどちらが、子どもにどのように影響を与えるのか(成績や最終学歴!)、社会階層から連続した道筋が見えてくる。

本田氏の指摘と同じく、公的な学校教育において充分な学力保証ができるよう、また学校外教育も保証されるよう、政策的な配慮が今こそ必要だと思う。ボランティアや地域住民.....といった不確定な善意を期待するのでなく、財政支出を惜しまずに。

ちょうど、10月21日の朝日新聞朝刊に、「『認定子ども園』整備進まず」、「『学童クラブ』じわり改善へ」という2つの記事が並べて載っていた。前者は、幼稚園と保育園を合わせた認定子ども園が目標値の1割にとどまっていること、後者は、放課後児童クラブ(学童保育)の全国1万3千人の待機児童数が昨年より900人減った、という調査結果である。いずれも、公的な保育が充分に進まない現状のあらわれだと思う。「私費」で幼稚園+早期教育+.....と進む層と、公教育・保育が充分に受けられない層と「見える格差」が広がり、中間ゾーンの(父親でなく)母親は限りなく追いつめられるのだ。

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幼児の英語学習

「英語で保育:幼いうちから無理なく習得」『日本経済新聞』朝刊、2008年10月11日、35頁 を読む

小学校での「児童英語」は、低学年にも広がってきている。そして、就学前の子どもにも.....。もとは、外国籍の幼児が対象の「認可外保育園」であるプリスクールは、日本の子どもたちの英語の早期学習の場として人気上昇中のようだ。

この記事ではまず、東京都目黒のアンジェリカ保育園が紹介されている。アメリカ出身の先生が「ハウ・イズ・ザ・ウェザー?」と10人の4歳児に問いかけると、「レイニー!」「クラウディ!」「あめ!」などの答えが次々に返ってくる様子だ。他に音楽に合わせてダンスを踊ったり、絵本を読み聞かせたり、といった「英語保育」が、毎日30分間行われるという。ここでは短時間の英語保育が、何とゼロ歳児から可能なようだ。

また、オーストラリアの保育所が神奈川県大和市に開設した「123ラーニングセンタース中央林間」では、3歳児以上児向けの「バイリンガルプログラム」(4時間)があるそうだ。「保育の中で無理なく英語に触れられる」という母親の話が紹介されている。

そして、記事のまとめとして「英語保育を受ける3鉄則」が具体的だ。1は「目的を明確に」、2は「見学しよう」、3は「継続こそ力」。外国籍の子どもや、渡航を控えた家庭で「やむを得ず」通うのではなく、「日本人」の親が良質な英語教育の場を求めて選ぶ、贅沢な施設となっているのだ。

費用もやはり「贅沢」だ。この記事で紹介のある4施設では、いずれも週5日で、月額4万5000円から7万2000円。他にも入学金や教材費などもある。しかも忘れてはならないのは、短時間「保育」であるところだ。「お手伝いさん」でもいない限り、母親にとってはお弁当づくりの後、送り、あっという間に迎えに行く毎日だ。ママ仲間でランチやお茶、といった機会も増えるだろう。

その他、プリスクールの現状については、『英語キッズの育て方』<アエラ臨時増刊>2007年3月15日号 などでも紹介がある。こうした雑誌や新聞記事を見ていると、私立小学校から英会話スクール、英語教材、通信講座、さらには「親子留学」まで、親の「投資」の過熱ぶりを感じる。まさに親の意欲と経済力が、新しい市場を生み出しているのだ。

文部科学省による統計を見ると、中学校で英語を教えられる教員免許を持っている先生が小学校で教える「専科担任」は、平成14年度の導入以来4年間で242人にもなった。しかし全国で2万2、3千ほどある小学校の数を考えると、やはり少ない。

特に公立の小学校では、担任の先生が、非常勤のネイティブの先生などと協力して授業をしているケースが多いと思う。「児童英語」を重視する私立なぞと比べると、授業数も、もしかしたらレベルも、かなり異なるのではないだろうか。そして、そうした「差」は、すでに就学前から根深く広がっているのだ。

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先生の仕事マニュアル

宮崎猛・小泉博明監修『新任教師の仕事』<教育技術MOOK>小学館、2007年 を読む

サブタイトルは「中学校・高校版 新任・新人教師必携マニュアル」。(1)授業を創る、(2)一人ひとりと向き合う、(3)校務分掌を理解しよう、(4)保護者への対応、(5)今日から社会人、そして教育公務員 の5分野。A4版で見開き1項目のQ&A形式となっている。「基本チェック」ページも。

内容も簡潔明瞭、イラストもレイアウトもすっきりで読みやすい。項目は、例えば(2)なら「Q.中高生は、どんなふうに成長するの?」「A.自我の目覚めとともに.....青年期とは.....」といった概論風も、「Q.ほめ方のポイントは?」「A. Point1 子どもの行為を見逃さない.....「今日は上手ね」という言い方にならないように気をつけましょう」といった細かさもあり、頼りがいがある。

CD-ROM「すぐに役立つテンプレート集」もついていて、行事予定表などの配付資料、係活動など、学級経営で使えるフォームがうれしい。Wordだけでなく、一太郎版もついているのもうれしい。

教員養成課程の学生に薦めているが、最近、大学教員としての仕事(心構え?)にも、そのまま使えるように思える。授業で生徒の気持ちをひきつけるアイディア、不登校の生徒や「いじめ」への対応、その他「Q.さまざまな生徒への対応は?」「Q.いろいろなタイプの保護者への対応の仕方は?」など.....。

「授業」「学校・大学の仕事」といった原点に立ち返るためにも、今日の学生や保護者に立ち向かう(?)意味でも、即戦力の一冊だと思う。秋学期が始まり、さまざまな学生に関わる中で強く思う.....。

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秋学期の授業に向けて

(1)教師養成研究会『教育原理:教育の目的・方法・制度』学芸図書株式会社、1961年、(2)上野千鶴子『サヨナラ、学校化社会』太郎次郎社、2002年 を読む

大学の秋学期の授業が始まった。教育原理や教育方法などの授業を担当しているが、この時期になるとつい手にするのが(1)だ。今、手元にあるのは何と九訂版。40年以上も現役のテキストなのである。

数分野がまとまった濃さ、教員採用試験にも対応できそうな(?)懇切丁寧な脚注がすごい。残念ながら授業では読みこなせず、別のテキストを使っているが、私にとっては常に原点に戻れるようなバイブル的存在だ。

それから(2)の第5章「授業で生存戦略教えます」。今や東大教授の上野先生が「偏差値三流、四流大学」で編み出した方法は、学生だけでなく、大学教員にとっても(サバイバルの!)ヒントでいっぱいだ。

「社会調査法」という2コマ分、3時間を使った授業で、KJ法、インタビューで基礎トレーニングをした後、自由研究に取り組む。生データを集め、編集する「情報生産のノウハウ」を伝える授業なのである。

学生の「ぼくは頭をもっていたけど、使い方を知らへんかっただけや」という台詞が絶妙。実は私も、「先生の授業は難しいけど好き」と言われると素直にうれしい。騙されているだけかもしれないが(?)、新学期の授業も気を引き締めて臨みたいと思う。

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「働く母親」と待機児童

「待機児童5年ぶり増」『朝日新聞』朝刊、2008年9月18日 を読む

厚生労働省の調査によると、今年4月1日現在、認可保育所に入所できない待機児童数は1万9550人にのぼったとこと。前年より1624人上回り、5年ぶりの増加とのことだが、前年比がどうした、というより何より、2万人近くも待機児童がいることが問題だと思う。

それに定員数は全国で212万1千人なのに、利用児童数は202万2千人。全国規模で10万人ほどの「定員割れ」が起きていることになる。また、待機児童とされる子どもの4分の3がゼロから2歳児、ということは、保育行政が現代の子育て家庭のニーズに対応しきれていないのではないか。

厚労省保育課の「働く母親が増える一方で、保育所整備が追いつかないため」というコメントが紹介されているが、これも「またか.....」という印象。母親の就労意欲の高まり、母親の育児休業.....という「理由」はもっともであるが、母親の個人的な問題に負わせない現状の見方+考え方、また地域ごとの見解がほしいところである。

待機児童の8割は都市部に集中しているとか。仙台市内のある地区で宅地開発が進み、待機児童が集中的に増えた、という事例も紹介されていたが、都市部の子育て環境はますます格差が進みつつあるように思う。自治体によっても、公的施設を離れた民間の保育サービス(無認可保育園、ベビーシッターなど)にしても.....。

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「セレブ学童保育」の時代

「廃止・衣替えされる学童保育 放課後の行き場失う小学生」『東洋経済』2008年5月17日号、96-98頁 を読む

「子ども格差:このままでは日本の未来が危ない!」という特集号。OECDによると、日本の子どものいる世帯の貧困率(中位可処分所得50%未満世帯に所属する17歳以下の子どもの比率)は14%に達するという。さらに見過ごせないのは、ひとり親世帯の場合の貧困率は57.3%に及び、OECD24カ国平均の30%強をはるかに上回り、トルコに次ぐ2位という結果。こうした「格差」をふまえ、「子ども格差」特集号は海外、そして日本の子どもの深刻な格差の実態と政策動向を紹介している。


その中で、学童保育の記事があった。リードには、「働く親を持つ子どもが放課後を過ごす学童保育。『全児童への開放』を理由に廃止が進む。」とある。学童保育は、いわゆる「保育に欠ける子ども」を預かる福祉施設であり、子どもにとって「第二の家庭」という位置づけのはず。しかし、この記事で紹介されている川崎市の「わくわくプラザ」はとりわけ有名となったが、「すべての小学生」を対象とした施策が広がりつつある。


全児童対策事業として一律に、すべての子どもを、という悪しき平等主義的発想は、「またか.....」という印象。すし詰め状態の部屋で(「難民キャンプ」、と言われているとか)、しかもパートのスタッフがほとんどで互いの顔がよくわからない状態で、放課後を過ごす子どもは居心地がよいのだろうか。放課後「そこで過ごさざるを得ない」子どもと、「気が向いたら来る、いつでも帰れる」という状態の子どもを公的な空間で一括してしまうとは.....。


学童保育は1970、80年代から親の切実な増設運動を背景に、全国で普及した。そして最近では、この記事でも枕詞のように書かれているように「共働き家庭の増加により、学童保育を必要とする子どもが急速に増えている」、つまり、「働く(母)親」が増えたため、という状況認識がある。


最近の学童保育は、一昔前の「鍵っ子」も入所していると思う(子ども一人で留守番は危ない、という意識が高まったことは素直にうれしい)。夫がサラリーマンという家庭で、「保育園→学童保育」というルートは、それこそ一昔前は祖母(義母?)に「そんなところに子どもを預けるなんて!」と非難されたりしたのだろうが、今では抵抗感がかなり薄くなっているとも思う。しかし、この記事では「手厚い」自治体として文京区が紹介されていて、学童にも地域格差があることがわかる。そして、民間の、お金に糸目を付けないような「学童」も広がっているようだ。


この記事で紹介されているのは株式会社運営の「キッズ・ベース・キャンプ」。入会金2万1000円、週5日利用で月4万2000円也。東京、神奈川に9施設あり、「セレブ学童」とも呼ばれているようだ。ネイティブの英会話講師やアーティストなどによるイベント、希望者には夕食もある。そして、自宅まで専用車で送迎してもらえるサービス付きとか。


こうした「セレブ学童」は他にも、「こどもみらい塾」(恵比寿)などがある。学習塾を学童代わりに、という傾向は昔からあったと思うが、「家庭的」な塾のような感覚だろうか。もっとも富裕層であっても、受験勉強は必要ない、というニーズも高いと思うので、こうした施設はもっと増えるだろう。子どもの放課後は確実に変わりつつあると思うが、まさに格差、棲み分けの時代である。


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大学のモンスター・ペアレンツ

三浦展『下流大学が日本を滅ぼす!:ひよわな”お客様”世代の増殖』KKベストセラーズ、2008年 を読む

三浦氏曰く、大学全入時代の今日、「バカ学生」が大学で最後の磨きをかけられて大量生産されている、とのこと。「バカ」とは、いわゆる学力=偏差値だけの問題ではなく、ひよわ(精神力だけでなく体力も)、自己愛が強い(自己チュー!)なことを指す。非常勤講師の経験もある(授業評価でさんざんな目にあった?)著者の苦言集のような印象だ。

大学教員や採用する企業側、また当人である学生の「証言」もたくさん紹介されており、現状はまさにその通り!と(必ずしもすべてではないが)共感できる。本書の新聞広告には「泡を吹いて倒れる学生」「卒論を教授にタイピング」等々の見出しがあり、眉唾物と思った人がいるのではないだろうか。だけど一介の大学講師の私も見聞きし、体験済みだ。テストやレポートを返したり、面接をしたりすると泣いてしまう学生には「慣れた」が、過呼吸になって倒れてしまう時も。泣きじゃくって息ができなくなる子どもの姿と重なる。貧血気味の学生(低血圧なので朝起きられない、と遅刻の正当性を訴える.....)、いつも体が小刻みに震えている学生も珍しくなくなった。

そして保護者について.....。いわゆる「モンスター・ペアレンツ」は本当に増えている。小、中学校では保護者会やPTAがあり、近所なので親同士が仲良くなって不満を言い合う(?)機会があると思うが、大学では不満が直接やって来る。大学事務がしっかりしていないところは応対を教員に任せる(たらい回しにする)のでたいへんだ。三浦氏が指摘するように、消費者意識の強い保護者が、学校並み、さらにファミレスや回転寿司なみのサービスを要求するのである。所得や地方の格差の問題も、たしかにあると思う。

これまでの体験で特に困った(困っている)のは、次のようなものだ。
○就職や編入学のために「A」を付けるよう、クレームを言う。電話の時も、直接の訪問もある。最近は成績表が保護者宛に郵送されているので、卒業前に単位不足にびっくり、ということは無くなったのは良かったが.....。
○施設実習で、保護者が「関係者」にはたらきかけて希望の実習先を確保しようとした。現場の職員が困惑していると偶然耳にしたので、学生本人に「何が問題か」を話し、施設にはあわててお詫びに行った。
○通学距離が遠いので「遅刻してもよいか」と聞かれる。何線に乗って何線に乗り換えて、乗り換えが混んでいてたいへんで.....と細かく説明される。保護者会の後にこうした相談(?)が多い。
○施設見学を土・日に設定した。すると休みがちな学生の保護者が大学事務に直接電話し(最初は「学長に話したい」と言ったらしい)、土日は休ませてほしい、出席をとらないでほしい、と要求した。
○直接相談に見えた保護者に、書類に封筒を添え、「私宛に返送してください」とお願いした。すると、「○○(私の名字)宛」とだけ書かれた封筒が、「宛先不明」として郵便局から届いた。大学の封筒だったので(所在地が印刷してある)良かったというべきか.....。
○休みがちな学生の保護者に自宅の電話番号を教えた。週1回ほど夜に電話があり、学生の出席状況を毎日知らせてほしい、と頼まれたり、「子どもが話を聞いてくれない」「仕事を辞めた方がよいか」といった家庭の問題を話したりした。ほとんど聞くだけだったが、しばらくして電話はかかってこなくなった(ターゲットが別に移った?)。
○私の担当科目が「教育」に関するものであることを知り、保護者が自らの「教育論」をとうとうと話し、「どう思われます?」と意見を求められた。

何だか愚痴になってしまうが、保護者への対応は、実際の時間から見ても年々無視できない状態になってきているのは事実だ。

三浦氏には一つだけ反論。大学教員は「好きなことだけ」やっていて、社会人としての能力がないと指摘されているが、マンモス大学ならともかく、小規模で、資格や免許に頼らざるを得ない大学では、むしろサラリーマンのような先生が目立つ。企業の経営者や政治家のような先生も多いと思う。授業でたくさんの分野を担当することを余儀なくされ、さらに学生や保護者に対応し、文科省や厚労省といったお役所と折衝、といった器量と体力も求められる。

時代の要請に応える必要は耳の痛いほど(?)理解しているつもりだが、大学はこれからどうなるのだろう.....。

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学校教師による「できる」本

山中伸之『できる教師のすごい習慣』学陽書房、2008年 を読む

学校教師も、いわゆるビジネスライクな仕事術を披露する時代だ。小、中の現役の教員である、山中先生によるこの本も、一般のスーパーお仕事系書籍と見まごう内容だ(帯は「時間を生み出す仕事術」!)。章立ては次の5つ。

1.時間はこうしてつくり出す
2.情報整理のポイント
3.作業効率アップの効率
4.差のつく研究・研修のワザ
5.学級経営を変えるアイデア

例えば1.は「朝は5時前に起きる」「わずかでもいいからやる」、2.は「カバン・ハンドルに付箋紙」「ToDo リストは必ずつくる」といった内容だ。もはや一般的な会社のような職場と、学校の境界はないのだ。コンピューターを駆使する山中先生は、インターネットの活用はもちろん、ボイスメモ、OCRの活用も薦めている。

しかしもちろん、先生ならではの日々の工夫も満載だ。3.の「素早い採点のコツ」では、テストの答案用紙を0.5ミリ(「センチ」の間違いであってほしい.....)づつずらして洗濯ばさみで留める。用紙の最後から、右側だけ採点する。終わったら上下をひっくり返す.....といったもの。また、昇降口にも運動靴(サンダル、長靴、スリッパも)を置いておく、さらに生活指導をかねて子どもの下駄箱チェック!などのアイデアも即使えそうだ。

たしかにこの本は、見開きで1項目になっていて簡潔明瞭。これらの「すごい習慣」66項目をすべてマスターすれば、「できる」仕事人になれそうだ。そう、学校教師に限らず、どんな仕事でも共通して使える。というより、校務に追われ、情報整理術を編み出さないと「生き残れない」環境なのかもしれない。おそらく今日の先生の仕事には、授業やクラスのことはもちろん、ビジネスマンばりの作法と発想、そして評価が求められるのだ。

しかし、良い意味での教師文化.....先生らしさ.....が随所に感じられるのは救い(?)である。子どものノートに付ける「丸」は3種類以上考えておくとよいとか。「クマ丸」「ブタ丸」、早速拝借します!

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勝間師匠の勉強法

(1)勝間和代『無理なく続けられる年収10倍アップ勉強法』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2007年)、(2)同『効率が10倍アップする新・知的生産術:自分をグーグル化する方法』(ダイヤモンド社、2007年) を読む

勝間和代さんは、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの公認会計士+経済評論家だ。

『お金は銀行に預けるな』(光文社、2007年)という刺激的なタイトルの新書が有名だが、自らの情報収集・アウトプットの方法をまとめた著書も、タイトルだけで十分刺激的だ。『CREA』2008年7月号に「欲張り女王・勝間和代さんに100の質問!」という特集があり、表紙に「勝間和代師匠」と書かれていたが、まさにその通り!である。「勝間マニア」と呼ばれるファンが多いこともうなずける。

「勝間師匠」の学習法の<その一>は道具をそろえること、つまり「ある程度の投資」をうながす点に特徴がある。(1)の終わりの方で自ら書いているように、「機器にしろ、基礎訓練にしろ、多少、初期にお金がかかってもいいから、勉強が無理なく続く仕組みをつくる」こと。機器とは、いつも持ち運ぶノートPC(通信カードと無線LANを含む)、オーディオブック(ノイズキャンセリング機能付きのヘッドフォン要)などである。勝間さんは「Let’s Note」を3台、ロードバイクも3台使いこなしているとか!

師匠直伝の<その二>は、基礎訓練(コツ)である。文字通り専門分野の「基礎」を学ぶ、先達から勉強の仕方をしっかり聞くなど、基本的な姿勢づくりである。目新しい内容はないが、一番必要で難しいことだと思う。「飽き対策」を含めて、具体的な「仕組み」を示しているところがさすがである。

学習法の特徴<その三>は、生活習慣や毎日の暮らしがベースにあるところである。勝間さんは、3人のお子さんがいるとのことだが、家事や育児の考え方が、ビジネスの発想・行動につながっているところに説得力がある。(2)では、「快眠プログラムマット」というストレッチ体操用エアマットや、運動量を増やすためのGPS携帯ナビ.....といった秘密兵器も披露されているが、ハイテク機器の背景にある、生活者ならではの視点が共感できる。あまり家庭を顧みない(家族に期待されていない?)ようなビジネスマンの本も多いので。

とにかく前向きになれる本。早速iPod(勝間さんはクリエィティブラボやソニーのMP3を携帯しているそうだが)にオーディオブックの音声を入れてみた。「マインドマップ」や「フォトリーティング(速読)」はあまりにも唐突だが、少しでも師匠にあやかってポジティブかつ地道に基礎力を鍛えたい、といつの間にか洗脳されてしまった。

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「あっという間」の夏休み

(1)星賀亨弘「縮む夏休み」朝日新聞朝刊2008年7月27日、1頁、(2)小林伸行「夏休み補習 強化の動き」朝日新聞朝刊2008年9月5日、(第2東京版)30頁 を読む

夏休みはあっという間に終わった。感覚的に、というより「本当に」短くなっているようだ。

(2)によると、西東京市内のある市立中では、夏休み中の平日29日間のうち、授業が無かったのは8月29日の1日だけ.....とのこと。補習授業という位置づけで、事前に希望日を受け付ける。2学期制が導入され、9月第1週にテストがあるため、「生徒の側から、休み中の補習を求める空気が強まった」という背景があるようだ。そして、保護者も安心できるし、「子どもの顔をみる時間が増えたことで、ちょっとした変化に早く気づける」という教員側のメリットがあるという副校長先生のコメントが。

西東京市の市立中9校で、平均54コマの授業が行われたという。おそらくこれは全国的な傾向なのだろう。(1)では、全国の公立小中学校で夏休みが短縮される予定.....という朝日新聞の調査結果が出ていた。授業時間の確保、学力の向上という目的が最も多いが、「どうしてうちではしないのか」という批判を受けての横並び的理由もあるようだ。内容は、自治体の8割近くが「通常の授業」、2割が「体験学習など長期の休みをいかした授業」、1割強が「希望者対象の補習」を行っているとのこと。

それにしても「夏休み」とは何なのだろう。いったいどのように過ごすことが大切なのか。

昼間の家庭で大人がいない家庭では、毎日どこで過ごすかはシビアな問題である。塾の夏期講習で、学校と同じか、あるいはもっとハードな平日を送る子どもは増えている。たっぷり時間とアイデアを盛り込んで、夏休みならではの体験をしている親子も多いと思う。例えば「オモシロ列車の旅」『日経Kids+』(2008年7月号、100−110頁)は、釧路湿原を駆け抜ける「ノロッコ号」や居心地の良い寝台車、日本海をひたすら眺められるローカル線など、鉄道ジャーナリストや読者の推薦情報が満載だ。

「お盆の帰省」だけでも十分貴重な体験だと思うが、教育的なプラスアルファはさらに加速するのであろう。そもそも、「休暇」は特に、家庭の格差が大きくなっていると思う。学校以外の、塾でもない、子どもの空間は贅沢品なのだろうか。

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「かこさとし」の宇宙

加古里士『宇宙-そのひろがりをしろう-』(福音館書店、1978年)を手に取った。最初の見開き、虫(ノミ!)の飛ぶ距離の図でまず圧倒された。

窓枠の向こうの新宿の高層ビル群を背景に、左手前から巨大な人間の指がノミをつついている。イヌノミ、ネコノミ、そしてヒトノミのオス、メスが、まるで高層ビルを飛び越えるように弧を描いて飛ぶ! 画面右には、飛んでくるノミを歓迎するかのようにコメツキムシも京王プラザホテルより高く、連続写真のように飛んでいる。

昼下がりのオフィスような情景で、手前には大きさを示すように鉛筆やマッチ箱が置かれている。しかし細部を見ると物にはすべて寸法(HDW)が記され、ノミの飛距離はもちろん、高層ビルの高さや設立年まで、おびただしい情報に襲われる。

情報量のすごさは、ページをめくるごとにどんどんエスカレートする。飛行機や気球の歴史を示す見開きでは、宇宙線や超短波VHF(理解不能.....)などの光線がどんどん斜め右上に飛んでいく。オスタンキノテレビ塔やソユーズ船、そして地球を越えて宇宙へ.....。

手元のノミから出発して空へ、太陽系、銀河系.....と果てしなく展開する圧倒的なボリューム。一見イームズの世界のようでいて、最後の「しまうちゅう」は一転して、光の点が広がり、靜かな「無い」世界が表現される。ラスト・フレーズは子どもたちに向けたメッセージである。
「この ひろい うちゅうが あなたの かつやくするところです。では うちゅうのはてから おわかれします。 さようなら!」 

宇宙の冒険の余韻の中で、解説と索引の情報量にも圧倒される。創作プロセスや、軍用機や軍艦が描かれた教育的意図も示されている。加古里士の「確かさ」とウィット、奥深さが改めて感じられる。

子ども向けの科学図書として他に、板倉聖宣(松本キミ子画)『地球ってほんとうにまあるいの?』(仮説社、1983年)なども見てみた。しかし、まるで現代版コメニウスのような世界観で魅了される加古里士の『宇宙』を、子どもに見てもらいたい本として第一に薦めたい。

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「塾弁」を考える

2008年3月21日(金) 朝日新聞朝刊29頁
「『塾弁』悩まず手軽に:勉強中の夕食 作る?買って持たせる?」(河合真美江)を読む

 「塾弁」・・・・・特に中学受験で塾に通う子どものお弁当で、実質的な「夕食」にあたる。夕方の授業が終わり、夜8、9時頃までの授業までの15、20分くらいの休み時間にいただく。帰宅してさらに食べる子どももいると聞くが、ちゃんとした食事を、さらに栄養バランスを考え、もちろん衛生面を気をつけて・・・・・と真剣に取り組む親が多いだろう。
 その「塾弁」であるが、この記事では「出前サービス」が紹介されている。フードコーディネイター養成校を主催する株式会社の弁当配達サービスが紹介されている。定食風(副菜3、4品)は630円、焼きうどんなどの軽食は420円。神奈川県内の塾では近所の弁当屋への注文を受け付けているという(400-500円)。
 塾にお弁当を持たせるというのは、時間帯から言って午後働く親には難しい。出前サービスは親の痛い・痒いところを突いた、絶妙なビジネスと言える。
 記事ではもう一つ、『パパッと塾弁』(講談社、2007年)を出した料理家上田淳子さんのアドバイスが紹介されている。「塾弁五カ条」なるものは、おかずの大きさに始まり、「(4)10分以内で子どもが無理なく食べられる量を、(5)栄養の不足分は夜食やおやつでフォローするつもりで」などと親の気になるところに真っ直ぐだ。
 上田さんは、幼稚園児の双子の子どものお弁当づくり体験を生かした『3歳からのお弁当』(文化出版局)も出されていて、きゅうりの細巻きや手綱にしたコンニャクが精巧なミニチュアのようで息をのんだ記憶がある。その双子の息子さんが塾通いまっただ中の小学校5年生となり、ニートさ(neat)はそのままに、ボリュームのあるお弁当を披露している。10分で食べるには勿体ないが、「消え物」としての潔さがが美しい「塾弁」だ。
 ちなみに、「アマゾン」で『パパッと塾弁』を検索すると、サーモス社の保温弁当箱(3,000円程度で3つの容器のセット)も関連商品として出てきた。本の中で使われたお弁当箱としてチェックする人も多いのだろう。
 そもそも「塾」が必要か、という議論の前に、塾通いで帰宅は9時→ちゃんと塾弁を→作るor買う、という自明のニーズがあり、そこに「塾弁」の世界は広がっている。容量600mlくらいの弁当箱=小宇宙に込められた親(特に母親)と子どもの思いをどうとらえるか。

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なぜ村が塾を始めるのか

2008年2月1日(金)朝日新聞(朝刊3頁) 「地域格差に挑む(9) 川内村(上) 村が塾を始めた」(編集委員・坪井ゆづる)を読む

 福島県のある村が有料の塾を始めた、という小さなコラムだが、シリーズ名の通り、まさに教育の「地域格差」をめぐる議論の縮図のようである。
 2007年4月にスタートした「かわうち興学塾」。業者委託で、学校とは別の建物だが、小5から中3まで、何と7割にあたる80人が参加しているとか。小学生は月あたり千円、中3生は2千円だけ。原発関連の補助金を年間予算の6割(540万円)に充当させる裏技がない限り、おやつ代のような月謝では到底賄えない。
 なぜ村営塾が必要か、直接の理由は「民間の塾がないから」。たった一つずつの小学校と中学校で、級友はずっと同じ・・・・・という状況で競争心が芽生えず、高校・大学受験で苦戦、という現実が根本的な理由。「機会均等」を保障するために、また保護者の切実な思いをふまえ、村は動いたのである。
 現在、全国で公立小の4割、中学の6割が塾に通う。学習塾の激戦区に位置する杉並区・和田中の夜間塾は、「公」のお金が「私的な教育」に注がれる問題がむき出しになった。街から遠い川内村は「塾がない」という理由で十分である。しかし本来は「学校教育」として充実した施策があればよいはず。現状では、学校教育/学校外教育を充実させたり、私立学校に通うことは「私的」領域として「受益者」負担となってしまう・・・・・。
 また、「頭をかきかき下を向く男の子」を尻目に、かけ算を「さらさらと解く女の子」の存在が気になる。数年後、彼女たちが「公平に」進学しているとよいのですが。

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